内田裕也氏の手紙を見て、ゲストハウスビジネスと重なった

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内田裕也氏の手紙に見える苦悩に自営業として共感する

女優の樹木希林氏が乳がんのため去る2018年9月15日にお亡くなりになりました。

同30日、故樹木希林氏の葬儀にて、夫の内田裕也氏が1974(昭和49)年に妻である樹木希林氏に宛て認めた手紙が、娘の也哉子氏により公開されました。下記が全文となります。

今度は、Chihoと一緒に来たいです。
結婚1周年は帰ってから二人きりで、蔵王とロサンゼルスというのも世界中にあまりない記念日で。
この一年いろいろ迷惑をかけて反省しています。
Yuyaに経済力があれば、もっとトラブルも少なくなるでしょう。
俺の夢とギャンブルで高価な代償を払わせていることはよく自覚しています。
つきつめて考えると、じぶんじしんの矛盾に大きくぶつかるのです。
ロックをビジネスとして考えなければならない時に来たのでしょうか?
最近ことわざがじぶんに当てはまるような気がしてならないのです。
早くジレンマの回答が得られるように祈ってください。
落ち着きとずるさの共存にならないようにも。
メシ・コノヤロー・テメー!
でも、本当に心から愛しています。
1974年10月19日 ロンドンにて Yuya

(文中のChihoというのは、樹木希林氏が当時名乗っていた悠木 千帆の事)
内田裕也氏オフィシャルサイトより原文ママ

内田裕也オフィシャルサイト
Yuya Uchida official site. 内田裕也オフィシャルサイト

ロック、ロカビリー歌手として、1960年代より活動を続けた内田裕也氏。彼の足跡は、音楽ファンならばご存知でしょう。日本のロックの先駆者であり、存在としては唯一無二でありながらも、音楽的には大衆ウケした大ヒットという物は無く、ロック界の先を行き過ぎた方なのでしょう。彼がいなければ日の目を見なかったロッカーは多数と言います。

手紙の書かれた1974年というと、私はあまり詳しく無いのですが、ロック界ではカルト的人気と言われる内田裕也氏のバンド「フラワー・トラベリン・バンド」が解散した翌年であり、樹木希林氏と結婚した翌年でもあります。彼自身の中で、新たな生き方を模索し、もがいていた真っ只中だったのでしょう。
家族には楽をさせられず、お金も稼げない。でもロック文化ためにはやらなければいけない。金じゃないんだ、文化、リアルなんだ。でも、金を稼げればもっと楽なのに。セルアウトだって必要悪か?っていうジレンマなんだろうな、と詳しくないなりに解釈しました。

この気持ち、私は独身なのでこの本当の悩みを理解する事は出来ませんが、起業した人、独立した人、その中でもゲストハウスのような、採算を考えたらやっていられない仕事、ロック文化ならぬバックパッカー文化、ライダー文化を重要視しゲストハウスやライダーハウスを運営する方には、痛いほど分かるのではないでしょうか。

俺の夢とギャンブルで高価な代償・ビジネスとして考える時がきたのか・落ち着きとズルさの共存にならないため・早くジレンマの回答を…

なんだか切ないなぁ。

この時の内田裕也氏が言うように、今では「ロック」という物はビジネスどころかすっかり陳腐となり、「ロック」とか言う連中のなんと覚悟の無いことか。アイドルがロックバンドを名乗ったり、売れてから刺青を入れたり、なんだか覚悟が無い気がします。今ヒップホップが正にこんな状況を辿っていますね。ヒップホップから「リアル」という言葉が聞かれなくなった気がします。

この状況を内田裕也氏は44年も前に既に気づいていたんでしょう。本当にロックの才能には溢れていたんですね。破天荒です。

ロックのビジネス化の流れと同じ進路を今後はゲストハウスが辿るのか

ロックという言葉、これをゲストハウスに読み替えてもしっくり来る気がします。
ゲストハウスはバックパッカー文化として、ライダーハウスはライダー、チャリダーの文化としてあるものでしょう。

黎明期のゲストハウスは、元バックパッカーが開業した例が多いんじゃないでしょうか。
ライダーハウスについては北海道のカニ族の歴史までたどる事ができ、これも立派な文化です。

ところが今、ゲストハウスはすっかりメジャーとなった感があり、私も他人の事は言えませんが、安易な金儲け(儲かりませんけどね)や、なんだかカッコいいから、といった起業ブームにも乗っかったオシャレ起業や投資目的の安易な新設が増えているような気がしてなりません。

ゲストハウスだかライハだか区別のつかないようなコンセプトの宿をやっている私が言うのも何ですけどね。だけど私はバッパーではありませんが、ライダーではありますので、お許しを。

リアルも大事だけど、突き詰めると先鋭化し原理主義になってしまい、コアなファンすら着いていけず文化が消滅する可能性もある。かといってキャズムを超えセルアウトすると、文化的側面は無視されはじめ、一過性のブームで終わったり、ガラパゴス化したりして、そもそもそれって何だったけ?みたいにもなってしまう。

ロックやゲストハウスに限らず、流行りかけたのに一部の原理主義者が自ら潰した例や、流行で文化が潰され全く違う物になった例、何があると言われるとすぐには思い出せませんが、何度か見てきた気がします。

さてさて「ゲストハウス」文化、開業ブームも一段落といった感ありますが、今後どうなりますことやら。

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