ゲストハウス原理主義、惨敗。日本のゲストハウス文化、根付かず終了。

新年早々、ゲストハウス原理主義敗北宣言(笑)

1泊ワンコインで明けた2020年

新年あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
とうとうやってきました2020年!今年はどうなりますことやら、ってかどうにもならないでしょう!とまだ松の内も明けぬ1月5日にして予言します!(笑)

これまで「ゲストハウスは旅人の物であり、異論は認めん!」という「ゲストハウス原理主義」を説いてきたこのブログも、2020年1月のこの宿業界の状況を見るに、考えを改める時が来てしまったと震えています(笑)

ついに日本のホステル・ゲストハウス業界は、1泊1000円台がスタンダードに、そしてワンコインも当たり前という状況が目の前に迫りつつある状況になってしまいました。

観測史上最安値の京都の1泊400円台に続き、東京が1泊700円台、大阪が800円台を記録。同じような状況の福岡や金沢が1000円切るのも時間の問題でしょう。

お前らは去年私を見事被災者にしてしまった台風15号と同じ類の災害なの?と不謹慎なツッコミを入れたくなる瞬間最大風速です。いや瞬間なら良いですが、これが平均風速になってしまいかねません。

なぜこうなった…

このクソみたいな値下げ、考えられる原因としては、ホテルや民泊含め数年前より「ニーマルニーマル」の掛け声に踊らされ次々作られた数多の宿が、その2020を迎える前に想像以上に供給過多となり放出、まあ言ってみれば「ババ」なんですが、その「ババ」をババとも気づかずに引いた1周も2周も遅れた投資家や企業が、売る事もできずどうしようも無くなったなれの果てなんでしょう。さらに3周4周遅れで未だにホテル・ホステルを建築する企業が後を絶たず!これどうすんだよ…って状況です。

ホテルがドカンと値下げすれば、しわ寄せは当然値段の低い方へ波及してきます。ホテルが2000円台で泊まれるのに、ホステルに2000円台で泊まりませんもんね。

可哀想というか、問題なのはそれに巻き込まれてしまった個人宿、投資目的では無い「旅宿」です。個人宿までもが、結局この値下げ競争に巻き込まれ、値下げせざるを得ない状況に追い込まれてしまっています。

当ブログで散々書き散らしてきた、「ゲストハウスは旅宿としてあるべき!」という主張、これは今でも私の中ではゆるぎない物として存在するのですが、もはや多くの「旅宿」からも青息吐息の発信が繰り返されるこの状況では、なりふり構ってられなくね?という状況になってしまいました。

旅人・バックパッカーのために安く宿を提供しようというゲストハウスの基本理念みたいな物は、ワンコイン大箱ホステルにことごとく打ち砕かれました。

生き残るにはどうするか…。

てか理想としては、生き残るとかじゃなくて、バックパッカーへ向けて細々ニッチに旅宿は旅宿としてベッドを供給し、ゲストハウス・ホステル文化、旅文化が日本にもっと根付くようになっていて欲しかった。投資目的や流行でどうこう左右される物になって欲しくなかったし、なるような物でも本来無かったはず…

しかし現実は…

本当に開業を煽った連中、開業させる事で儲けようと企んだ建築業界、企業、NPO、コンサル連中、意識高い事を言いまくり起業したい欲のあるキラキラを煽った連中、キラキラと業界を歪めガラパゴスにしてしまった連中、この責任どう取ってくれるんだ!って小一時間問い詰めたいですよ。
今年もある何とかサミットではモチロンこの辺の総括を70年代の左翼ばりに自己批判してくれるんでしょうね?!!!!

もはや生き残るとか言っているレベルでは無い!こんな仕事してても仕方が無い!!

てかあの乱立する無味乾燥な大箱ホステル、あれを「ホステル」と呼んでしまったヤツらに全て責任がありますよ。「ホステル」ニアリーイコール「ゲストハウス」ですから。

もはやホステルの呼称はアイツらにくれてやって、個人の旅宿はゲストハウスを名乗り、完全に袂を分かった方が良い気がします。ベッドが100あろうが宿主が直接接客するなら「ゲストハウス」、ベッドが10しかなかろうが、ただの詰め込み宿なら「ホステル」と。
これは極端ですし私の勝手な考えですが、まあ言いたい事は分かってもらえるかと思います(笑)

日本では「ホステル」ってのは安いけど何も面白くないカプセルホテルみたいな所だ。面白いヤツに会いたきゃ、「ゲストハウス」に行くべきだ、なんて言われるように…。

ゲストハウス原理主義のジレンマ

ゲストハウスはバックパッカーのための旅宿だ!という理念を掲げ、原理主義思想で活動してきた当ブログですが、もうこの先の原理主義活動をどうするか、2択を迫られています。

2021年頃のオリンピック後の宿業界崩壊までやり過ごし、イチから再スタートを切るか?
それとも原理主義を捨てて、セルアウトするか?

前者は2021年に状況が改善されている保証はどこにもありません。そのまま廃業を選んだ方が良いのかもしれません。
後者はもはやゲストハウス・ホステルを名乗れません。普通の宿として実態に即したニーズを一生懸命探し生きていく道です。その過程ではキラキラや意識高い系とも迎合する必要もあるでしょう。ビジネスマンから何とかホッパーだの多拠点だの言う連中、高齢者までをも対象として、なんとか生き残るしかありません。理想は捨ててセルアウトです。

どちらにせよ、ゲストハウス原理主義、崩壊です。敗北です。とうとう日本にはゲストハウス文化は根付きませんでした。せっかく日本がリーズナブルな後進国に転落wし、世界中からバックパッカーが集まるようになったってのに。

何故日本はちょっと流行るとハゲタカやハイエナのようにルール無用で貪り合い食いつくし、自分たちのエサすら無くしてしまい業界が絶滅する事を繰り返すのでしょうね。

結局ゲストハウス宿主としては、「旅人のための旅宿」という理念を胸に秘めつつ、生き残るために従前の「ゲストハウス」という形態を捨てて、最低限儲けの出る形態へと変化させていく必要がありますね。

現に私も知っている、交流させていただいているいくつかのお宿さんたちは、「旅人へのおもてなし」という旅宿の理念は一丁目一番地に据えつつ、生き残りを掛けて様々な変化を積極的に行っていっている所がいくつもあります。

今後オリンピックが終わりある程度淘汰が進み、「旅宿」の理念を持つゲストハウスでさえも従前のゲストハウスとは大幅に違った物へと変化してしまい、日本ではそれが新たなゲストハウスのスタンダードとなってしまっても、もはや仕方ないかと諦めるしかないです。そのくらい業界、文化は破壊されつくしてしまいました。

旅文化は日本ではやはりガラパゴスとなり、それを日本独自の旅文化として受け入れないといけないのか…という、これがゲストハウス原理主義者が今陥っているジレンマです(笑)。

そしてその、生き残るための変化というのは、ゲストハウスを硬派な旅宿からポップでキャッチーなキラキラを含めた広い層へ訴求するような物に変化させていく事も含むので、今まで原理主義として主張して来た事と真っ向からバッティングするのです。というわけで我々ゲストハウス原理主義者も、往年の左翼ばりの自己批判、総括をせざるを得ない状況に追い込まれました。これもジレンマ、屈辱的なジレンマです(笑)。
しかし受け入れて変化しなくては、生きる事すらままなりません。これも左翼が髪を切って髭を剃り、もう若くないさと君に言い訳し企業へと就職していったあの頃そのままです。ゲストハウスというもの、業界自体が、一種の青春時代であり、次は成人期にならないといけないのかも知れません。もう猿岩石もあいのりも過去の物であり、深夜特急など化石のような状況ですから…。

その生き残るための変化って具体的にどういう事なの?って聞きたい人も多いかと思いますし、その変化していってる宿ってどこ?って聞きたい人もいるでしょうが、教えません。
よく他人が頑張って考えたアイデアをちょっと見聞きすると得意になってペラペラツイートする連中がいますが、あんな手合いと私は違います(笑)。

てかお前だって今年ゲストハウス再開するんだろ?どうすんの?って感じですが、私は特に何も考えてません。いや考えてはいますけど、今まで通りライダー向けの宿をやるだけですよ。私ライダーですから。芯はそのままで、原理主義が崩壊しない程度に軸をブレさせる予定です(笑)

てかその前に、年末にお願いした次期ゲストハウスの消防検査、日程の連絡来ないんだけど!忙しいの分かるけど頼むよ消防!

というわけで、ゲストハウスを包む闇はどんどんと拡大し暗黒の時代を迎えてしまい、先の見えない霧の中へと突き進んでおり、生き残るためには原理主義を捨て自由主義者との共闘及び日本独自のガラパゴス化もやむを得ず!というお話でした(笑)。

しかしマジ、ヤル気無くしますね。ワンコインとかもうそんな宿無くなってくれよ…
余裕があるなら、今年は違う仕事した方が懸命かもしれませんよね…(笑)。